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2006年6月 3日 (土)

サポティスタ対談(第9回)

※この原稿は、2006年6月3日に 「速報!サッカー24」にアップされた記事の再掲です


「ホーム感」のあるスタジアム作りへ(サポティスタ/岡田康宏)


 2005年開幕戦に創刊され横浜Fマリノスのホームゲームで配られていたフリーペーパー「ハマトラ」が今年4月に休刊した。スタジアムフリーペーパー「ハマトラ」の目的、狙いはどこにあったのか。「ハマトラ」編集部のKIYO-Qさんに話を聞いた。


KIYO-Q:ハマトラを配っていたのは、2005年の開幕から今年の4月まで1年ちょっとですね。本誌が21号まで。号外が3つ。スタジアムの内外で毎回5000枚。配るのにはボランティアが延べ100人くらい関わってました。


 キッカケは、FC東京に「東すか」というサポーターの作るフリーペーパーがあって、自分たちでも同じような形で何かサポートの手助けとなるようなものが作りたいと。「東すか」はわりと読み物としておもしろいんですけど、それよりはゴール裏のサポーター視点に立って、サポーターのためにどうするかということをメインにしていく、というのが最初の方針でした。


 初めてメンバーが集まったのは去年の開幕の10日前くらい。そこから開幕までに絶対出そうと頑張って、クラブにも許可を取りホームゲームごとに出して行くことになりました。


 もともとゴール裏でサポーターソングの歌詞カードを配る活動をやっていたんですよ。それはクラブからも評価されていて、フリーペーパーもその一環で配布の許可がいただける事になりました。だから、歌詞カードは毎回入れようということになり、あとは応援の手助けになるような内容を盛り込んでいこうと。ゲーフラの作り方講座とか、アウェースタジアムへの行き方とか。サポーターグループの紹介をしたり、ゴール裏の意見だけでは偏ってしまうので2階席で見ている人にもその視点から書いてもらったり。


 横浜のスタンドには、家族連れとか、ゴール裏じゃなくて落ち着いて試合を見たいという層が多いんです。そういう人たちに向けて「もっと応援に参加しようよ」と、彼らをゴール裏に呼ぶのが一番最初の目的でした。


 ところが、ACLの山東戦で現地にいった人が、相手のホームでかなり屈辱的な経験をして帰って来まして。あの試合は、スタジアムに入るときに横浜サポーターの応援道具が没収されたり、試合になれば、フィールドの選手がボールを手でかき出したり、ゴールを割ったはずなのにそのままプレーが流されたり、選手が倒れても担架が出て来ない、ボールボーイがボールを渡さない、もう滅茶苦茶な試合でした。


 試合後に中澤が 「ボールボーイから全てのサポーターに至るまで、自分たちのチームを勝たせるんだという意気込みで来ていた」とコメントをしたんです。チームを勝たせるためのスタジアムの空気「ホーム感」をどうやって作っていくか。それが戻ってきたサポーターの共通認識でした。


 横浜のあのバカでかい十字架を背負わされたスタジアムで、どうやって「ホーム感」を出していったら良いんだろう。そのころから少しずつ方向性が変わってきて、徐々にゴール裏寄りの内容になっていったんですよね。


 休刊のきっかけは3月の浦和戦の事件です。浦和のサポーターに自分たちの横断幕を落とされたこと、それを容認してしまったクラブ。あれは「ホーム感」を作ることを目標としてきた横浜のサポーターにとって、到底受け入れられない出来事でした。ハマトラを読んでいた人に、「ホームとは何か」をもう一度考えて欲しくて、ハマトラは一旦区切りをつけようという話になったんです。


 ハマトラを出さなくなってからも、一緒に配っていた人たちが自主的に歌詞カード作って配り始めたりということはしているのでハマトラの役割はそういう人たちに引き継がれているのかなと思います。そこは、もう僕が関わってなくても動いていくので、僕自身は、もう一回仕切り直して何か違った形でゴール裏を良くしていくことを考えています。


 最終的には、できるだけいい雰囲気のスタジアムにしていきたいな、と。僕は子供と一緒にスタジアムに行ってるんですけれど、僕が指定席で落ち着いて見るようになって、子供がゴール裏に行くようになったときに、いいゴール裏を残してあげたいんです。今、いろいろ動いているのは、その「次の世代に繋げたい」という気持ちが一番のモチベーションになっていますね。


2006年3月27日 (月)

サポティスタ対談(第8回)

※この原稿は、2006年3月27日に 「速報!サッカー24」にアップされた記事の再掲です。


2ちゃんねるから生まれた青春サッカー小説(サポティスタ/岡田康宏)


 2ちゃんねるの国内サッカー板で連載され「『電車男』より泣ける!」と大きな反響を呼んだ青春サッカー小説「俺が近所の公園でリフティングしていたら」が、今年3月、大幅な加筆修正を経て小学館から書籍化された。この作品でデビューした作家の矢田容生さん(34)と担当編集者の室田さんに話を聞いた。


◆ほとんど全編書き直しました
岡田(以下、岡):矢田さんは、もともと作家志望だったんですか?


矢(以下、矢):本は好きだったし、ですから文章を書くのは普通の人より得意かな、というのはあったんですけど、これまで自分で何かを書こうと思ったことはありませんでした。


岡:ということは、2ちゃんねるの「今日俺が一人で近所の公園でリフティングをしてたら」スレッドが、全てのきっかけになったわけですね。


矢:そうですね。ドメサカ(国内サッカー)板でこのスレッドを見つけて、長いタイトルだな、これはどんなネタなんだろうと思ったんです。きっと続きがあるんだろうと。でも、いつまでも続きが書き込まれない。そのまま埋もれてしまうには1さんの文章があまりに魅力的だったので、だったら自分で続きを書いてみようと。


 最初はリレー小説のようになってもいいかなと考えていたんです。書いている僕にしてみれば、冒頭を書いたのは他の方ですから自分の100%オリジナルの作品ではないんです。最初が借り物なのだから、自分で終わらせなきゃいけないとも思っていない。ある程度まで書いたら、誰かが続きを書いてくれたらいいなと。自分より上手く書ける人が現れたら、その人に委ねればいいし、そのへんは読み手がドライに評価するでしょうし。ところが最後の最後まで続いてしまって。


 最後の方はもうやめにくい雰囲気になっていましたからね。途中で誰かが引き継いでくれて、それが自分よりおもしろければそれで良いと思っていたんですけどね。


岡:その気持ちは分かります。僕がやっているサポティスタも立ち上げたのは友人だし、もっとおもしろいサイトを作るやつがいつかでてくるだろう、と思いながら続けているうちに今みたいになってしまって。


矢:やっている方としてはあるんですよね、そういう感覚。それも今回書いてみて初めてわかったんですけれど。


岡:出版社の方から連絡があったときはどうでした?


矢:最初は2ちゃんに書き込みがあったんですよ。正直、詐欺か、それとも自費出版の誘いかなと思いました(笑)。メールで連絡を取ると小学館さんということで、その心配はなさそうだ、と。実際に会って「やってみませんか」と言われたときに思ったのは、本当にこれを本にして大丈夫なのかなということですね。実名がらみの問題もあるし、文章の質の問題もありますし。ただ最初にお話を頂いたときから「書き直す」というのが前提だったんです。逆に「ネットのをそのまま出しましょう」と言われたら受けていなかったと思いますね。あのままでは本としては出せないと思ってましたから。読んだ方にどれくらい分かってもらえるか分かりませんが、書いた方としてはかなり書き直してるんです。構成も入れ替えて組み合わせているので、ほとんど全編書き直したようなものですね。それだけの手間をかけても本にしてみましょうと言ってもらえたので、だったらやってみようと。


◆青春小説の王道でもあるんです
室田(以下、室):最初、2ちゃんに書いたときの分量が700枚くらい。それを本では500枚くらいに削ったんですよね。


矢:ネットでは「一気に読みました」という感想が多かったから、700枚もよく読んでくれていたなと、驚きましたね。


室:小学館の内部の人間に読ませたら、サッカーを知らない人が読んでも「泣けた」という声が多かったんです。この小説はサッカーを通した青春小説としても成り立っていると思うんですよね。


岡:逆に、僕の周辺には濃いサッカーファンが多いんですけれど、そういった濃いファンが読んでもおもしろいって言うんですよ。サッカーものの文章の中には、サッカーファンが読んでおもしろいもの、サッカーファン以外が読んでおもしろいもの、どちらもあると思うんですけれど、両方をクリアーしている小説って本当に貴重ですよね。ネットで書いているときは、どういった層を対象に書いていたんですか?


矢:それが何も考えてないんです。スレッドの最初の文章自体がすごく魅力的で、あれを読むとやっぱり女の子が気になるじゃないですか。そうすると、その後の展開は2択だったんです。女の子の話で書ききってしまうか、「俺」の話に戻していくか。そこで選択がありまして。女の子で書ききろうとするとリアリティーなくなるなと。女の子が男に混じってという「野球狂の詩」路線はサッカーでは無理な話だし、なでしこジャパンで活躍してという展開だと主人公の「俺」の居場所がなくなってしまう。タイトルが「俺」になっているから、最後は「俺」の話にしないとあの話はオチないんですよね。それで「俺」の話で行こうと決めたんです。だから最後まで1の書き込みに沿って物語が進んで行くんですよ。


岡:読んでいて、職業作家の方には書けない勢いみたいなものをすごく感じました。


室:プロの方なら日本代表選手の名前を実名で書くことはしないですね(笑)。


矢:最初から本にしたい気持ちが少しでもあったなら、こんな話は書かないですね。そもそも人の立てたスレッドで話進めないですから(笑)。


室:恋あり、友情あり、青春の葛藤あり、様々な要素が詰っていて、青春小説の王道ではあるんですよ。なにげないエピソードがいいんですよね。小説は細かい描写が大切だから。みんな、それぞれ泣きどころがあるみたいで。はっきり言ってベタな話ではあるんですけれど(笑)。


矢:「これ、新しい話じゃないですよね」って、最初の打ち合わせで自分から言いました(笑)。ただ、書いているうちに気が付いたんですけれど、人が感動するところって昔からあまり変わらないんです。それは10年経っても20年経っても変わらない部分なんですよね。今回、書いていくうちにそのことをすごく勉強させてもらいました。


室:小説は書いた時点で作者のものから読者のものになりますから。1365円で幸せな気持ちになるか損したと思われるか。


矢:1365円で、できるだけ多くの人に楽しんでもらえればいいなと、本当にそう思います。


2006年1月23日 (月)

サポティスタ対談(第6回)

※この原稿は、2006年1月23日に 「速報!サッカー24」にアップされた記事の再掲です。


埼玉生まれの“マンチェスター人”(サポティスタ/岡田康宏)


 昨年11月に初の単行本『I LOVE 英国フットボール』(東邦出版)を出版。93年、来日したマンチェスターCに一目惚れし、99年にはマンチェスターへのサッカー観戦留学を敢行。知らず知らずのうちに培われていた人脈を活かし、気が付くとサッカーライターに。速サカでは海外の日本代表選手(UK)を担当。今後の飛躍が期待される島田佳代子さんに話を聞いた。


◆知らなくて飛び込んじゃいました
岡田(以下、岡):2001年だっけ。サポティスタ宛てにメールをくれたんですよね。いきなりメールを送ってきて「何か書かせて下さい」って。「だったら何か書いて」って返したら、すぐに書いたものを送ってきて。そういう人って珍しいんですよ。仕事は、自分から売り込むことが多いんですか?


島田(以下、島):いや、サポティスタだけ。他はほとんどないです。


岡:なぜ、サポティスタに?


島:なんとなく。イギリスに住んでいるときに友達に勧められて。「サポティスタっていう面白いサイトがあるからメールしてみろよ」って。私、サポティスタのこと実は知らなくて。


岡:知らないのが良かった気はするね。


島:知らなくて飛び込んじゃいました。で、いまだに「サポティスタで見てます」と言われるんで。サポティスタに書き始めた頃には『サッカーマガジン』(ベースボールマガジン社)でもちょっと書いていて、その後が『Number』(文藝春秋社)。


岡:サポティスタのあと、すぐに『Number』ってのがまたおかしいよね。


島:それも『Number』の位置付けとかを知らなくて。仕事で書いた原稿としては、2本目か3本目ですね。


岡:そうやって、知らないところにどんどん飛び込んでいけるのはいいところかもね。


島:その後、すぐ『ディスカバリーチャンネル』のドキュメンタリーに出てるんですよ。サッカージャーナリストとして日本とイギリスでロケやって。まだ原稿何本かしか書いてないのに。「そんな仕事よく来たな」と思うんですけど。


岡:何か呼び込む力があるんじゃないですか。


島:ラッキーといえばラッキーなんですけど。


岡:本人は自然にやっているだけなんだろうけど、他人から見るとうらやましがられるかもね。


◆「文化勲章」を頂いたんですよ
島:よく言われるんですよ。「悩みなんてないでしょ」とか「いつも脳天気でいいよね」とか。とんだ誤解だわ(笑)。


岡:悩みなんてあるんですか?


島:ほら、また(笑)。私、毎日お祈りしてるんですよ。寝る前に「今日も一日ありがとうございます」って。年に1回も教会には行ってないんですけど、一応、クリスチャンなんで。悪いことって続くじゃないですか。でも、続くと思うとまた悪いことを呼び寄せるから、楽しくもないのに笑わなきゃいけないと思って道端でニコッとしてみたり。ちょっと危ないと思われるかもしれないけど。でも、それで大丈夫だと思えれば、また良いことが来るので。


岡:イヤなことは、深く考え込まずお祈りで済ますってのがいいのかもしれないね。


島:自分でも洗脳されている部分がありますからね。悪いことがあっても、お祈りしておけば、これ以上ひどいことにはならないだろうと。私の周りもみんなこんな感じなので。


岡:どんなことで悩むの?


島:う~ん。(長考の末) あれっ、なんだろう? まあ、人には言えない悩みもあって(笑)。お祈りも、実は毎日はしてないですしね。長いことしていなくて、最近、またちゃんとするようになりましたけど。


岡:島田さんみたいな考え方が広まると、世界平和につながりそうだね。


島:そうですね、サッカーを通じて世界平和を目指しますか。「文化勲章」も頂いたことだし。


岡:「文化勲章」をもらったの?


島:どこの誰だか知らない方から、メールで「文化勲章」を頂いたんですよ。これまで誰もそんなものはくれなかったから、すごく気に入っていて。誰か知り合いの方だとは思うんですけど。岡田さんですか? 日本人でなかなか気の利いたユーモアのある人っていないから。


岡:それは、日本人同士では伝わりづらいユーモアだと思うな。


島:すごく気に入って、日記でもブログでも書いたのに。私、日本人離れしてるから、こんなハマっちゃったんでしょうね。


岡:ジョークのセンスも独特ですよね。


島:イギリス流かな。


岡:それ、イギリス人が聞いたら怒るんじゃないの。


島:私、イギリス人のすっごいくだらないジョークとか分かっちゃって。イギリス人って、ポーカーフェイスで冗談と分からないようにサラッとユーモアを言うんですよ。私はイギリス生活が長いし、ジョークだって分かるから、あえて反応しないで流すと、数秒後に「さっきのジョークだったんだけど」って。でも、私、そんなに日本人離れしてますか。やっぱり“マンチェスター人"だからかな。


岡:向こうに行って性格が変わったわけではないでしょ?


島:皆さんに私の中学高校時代の友人を紹介したいですよ。みんなこんな感じですから。誰も信じてくれないんですけど。お前みたいなの1人で充分だって(笑)。でも、みんなこんなキャラで忘年会とか新年会とかやると大変。誰も人の話を聞かないで、しゃべってるんで。みんな、それなりの世界でプロなんですけど、好き勝手に生きてるから。だいたい女同士で集まることが多くて、友達の旦那さんとかが来ると、ほとんど発言しないんだけど、後で聞いてみるとそれで楽しいらしいです。


岡:聞き上手な旦那さんじゃないと成り立たないだろうね。


島:「俺が、俺が」って人とは難しいみたいですね。


岡:何でこういう不思議な人になったんだろうね?


島:不思議ですかね。でも、周りからあまりにも「不思議、不思議」「変わってるね」っていわれるから、私も調子に乗って、最近いろいろなところで「(W杯は)イングランドが優勝」「マンチェスター出身」「青い血が流れている」とか言っていて。以前にも増してひどくなってますね。イングランドとブラジルが対戦すれば、ブラジルが勝ちそうなのは分かってるんだけど「私が『ブラジルが勝つ』って言ったらいけない」と使命感にも燃えていて。「ランパードが得点王」とか、訳の分からないことまで。半分冗談、半分本気なんですけど。


岡:島田さんは狙ってやっている部分もあるんだろうけど、天然の部分とネタの部分の境目がどこにあるのか分からないんだよね。そこがおもしろいところなんだけど、文章にすると普通にヘンなやつかイヤなやつになると思うよ。


島:じゃあ、文章にしちゃダメ、イヤなやつになるのやだ(笑)。だって私、メチャメチャ良い人だよ、って言われますよ、いろいろな人から。


岡:それは、どうかな(笑)。


2005年12月26日 (月)

サポティスタ対談(第5回)

※この原稿は、2005年12月26日に 「速報!サッカー24」にアップされた記事の再掲です。


言葉を持ったゴール裏(サポティスタ/岡田康宏)


 鹿島アントラーズの総合サポーターサイト「TORCIDA12(トルシーダ・ドーゼ)」が開設され、私設応援団IN.FIGHT(インファイト)代表の河津亨氏がブログを始めたのは、2005年の3月だった。


 河津氏がネットで発信する情報や問題提起は、鹿島だけでなく、他のクラブのサポーターも注目するものとなっている。「サイトを始めた理由」「サポーターが言葉を持つことの意味」について、河津氏に話を聞いた。


◆サポーターのほうが上
河津:04年10月23日の浦和戦で、鹿島サポーターが投げ込んだペットボトルを選手が投げ返し、怒ったサポーターがピッチに乱入する事件がありました。


 俺は、ああいう事件が起こる可能性を分かっていたし、クラブ側にも伝えていた。選手、クラブとサポーターの関係がうまくいってなければ、こういう事件は当然起こり得るからです。


 本来、クラブとサポーターとの関係は、サポーターのほうが圧倒的に上。客商売ですから、お客さんが上に立つのは当たり前のことです。また、スポンサーがクラブにお金を出すのは、お客さんがいるから。だから、サポーターはスポンサーよりも上。クラブはサポーターが楽しめるスタジアム作りをするべきだし、選手はサポーターを満足させるプレーをするべきなんです。俺たちの2000円は「血の2000円」ですよ。


 ところが鹿島では、「サポーターがクラブの下」という関係がいつの間にかでき上がっていた。選手もクラブも、サポーターの言うことを聞かない。サポーターは主張を通せないから、フラストレーションがたまる。事件が起こったのは、その結果です。


◆ネットの世界も悪くない
 原因はクラブの怠慢にあります。クラブが、選手とサポーターとの間に壁を作り関係をガードしてしまった。選手もクラブもサポーターとのコミュニケーションが取れなくなり、三者の関係が上手くいかなくなった。クラブは、自分たちがどういうクラブなのかを忘れて、「自分たちだけでやっていける」と誤解した。全盛期のヴェルディみたいなものですよね。だから、事件が起きたのは「三方が悪いから」だと思うのだけれど、サポーターはそれを説明する言葉を持たなかった。結果として、あの事件でも「悪いのはサポーター」ということになってしまう。ネットで情報を発信しようと思ったのは、それが一つのきっかけです。


事件が起きたときに、俺はある一つのサイトでだけはコメントを付けていたんです。そこは信頼できる人が集まっているサイトだったので、そこにいる人たちとは対話をしていた。最初は何十人という人から書き込みがあって、なかなか噛み合なかったんだけれど、話をしていくうちに人も減ってきて、お互いの考えていることがちゃんと通じるようになっていった。


 そのとき「ネットの世界も悪くないな」と思ったんです。会うことができないから、回りくどい部分はある。だけど、何千人何万人を相手にするなら、こういうツールで根気よく続けていくのも“あり"だな、と。


◆バラバラだった意見が一つに
 サイトを始めた効果は絶大なものがありました。


 今までは、クラブがサポーターの声を聞くとしても、どんな声を聞いてよいか分からなかった。IN.FIGHTは大きなグループなので、総意を集めることが難しいんですよ。だけど、多くのサポーターの集まるサイトができたことで、バラバラだった意見を一つに集約できるようになった。これは、大きなメリットですね。


 また、サポーター同士の連絡ツールとしても最高です。“パッ"とみんなに広まる。今後は、もっと具体的なメッセージを伝えることにも使えると思うんですよね。例えば「こんな応援のスタイルでいくよ」とか、「こんな試合見てられない、前半で帰っちゃおう」「全員で後ろを向こう」とかね(笑)。


 それから、クラブと対等に話せるようになった部分もあります。今は、自分たちのサイトをスポンサーが見ている。だから、クラブも気にせざるをえない。鹿島がサポーターに支持されていないとなれば、サイトを見たスポンサーは広告を出す意味を考え直すかもしれない。そうなれば、クラブはサポーターの声を聞くようになる。当たり前のことなんですけどね。


 クラブとのやり取りを公開していることも大事です。これによって、自分たちやクラブが何を考え、どんなやり取りが行われているのか、多くのサポーターが共有できるようになるので。


◆行動を引き出すための情報
 ネットでの情報発信するようになって、こんなに早く情報が広がるとは思わなかった。もっと早く目線を向けるべきだったな、という気もするくらいです。


これまでは、ネットの世界で言われていることと現実とのギャップをすごく感じていたから、ネットの世界とゴール裏の世界をリンクさせて考えていなかったんです。ネットには、非現実的な意見がたくさんあるんですよ。「スタジアムに来てないんじゃないの」って思うような。ただ、やってみて分かったんだけど、ネットを「現場に来る人たちが見るもの」という前提のもとに使えば、ものすごい便利な情報ツールだなって気付いたんです。


 今までゴール裏は、徹底した現場主義だった。ゴール裏で問題提起して、ゴール裏で集まって、ゴール裏で解決する。ところが、その状態が長く続いたことで閉鎖的になってしまった。ネットでは情報が先に行くけど、ゴール裏は行動が先に来るから。


 でも、ネットでの情報が「行動を引き出すための情報」であるなら、それはお互いにとって悪いものではないんだよね。今までゴール裏の住人たちは、言葉がなく、行動しかなかった。それが言葉を持てるようになるとすれば、ネットはすごくいいツールになる可能性がありますよね。


2005年9月19日 (月)

サポティスタ対談(第2回)

※この原稿は、2005年9月19日に 「速報!サッカー24」にアップされた記事の再掲です。


我等の心 共に広島に在り(サポティスタ/岡田康宏)


◆今、関東の広島サポーターが熱い
 広島にはホームのサポーターとは別に、関東で行われるアウェーの試合を中心に活動するサポーターのグループが存在し、ゴール裏に集まる人数、熱気、声量で、ホームのサポーターに勝るとも劣らない盛り上がりを見せている。そんな関東広島サポーターの1人である藤堂和幸さん(28)に、なぜ彼らがここまでの盛り上がりを見せているのか、話を聞いた。


藤堂:一つは、ゴール裏を盛り上げるノウハウがあることですね。2001年頃から関東の広島サポーターの間でメーリングリストがあったんです。ただ、メーリングリストは参加者は多くても発言者は限られている。関東の試合に集まる広島サポーターは、スタジアムで顔を合わせるから顔見知りは多かった。だけど、急激に盛り上がるには、メーリングリスト以外の「リアルな場所」で、わかりやすくてすぐに参加できる何かが必要だったんです。

 僕は日本代表のサポートもやっていて、アウェーの試合で日の丸のビッグフラッグを広げて声を上げたら、すごく気持ち良かった。だったら、広島にも旗を作ろうと。関東のアウェー戦で広げるビッグフラッグを作って「この旗の下に集まれ」と声をかけたら、関東の試合に集うコアな層がギュッと一つになって、ホームのサポーターとは違った盛り上がりを見せるゴール裏になっていった。ホームのやり方を知らなかったというのもあるのですが、アウェー専用のビッグフラッグがあるクラブというのは他にないんじゃないかな。

 もう一つは「愛県心」。国内に限らず海外でも、世界各地に広島県人会が存在するように、広島の人間は元々「広島」に対する思い入れが強く、広島県人で集まろうとする気質があるんです。

 高校生のときに弟と二人でイギリスを旅行したのですが、外国に行って初めて「自分は日本人なんだ」ということを強く意識しました。日本にいるときよりはるかに「日本」に対する想いが強くなりましたね。それと同じように、東京で暮らしていると「自分は広島出身なんだ」という意識が強くなるんです。そういった土壌が元々あったというのが理由の一つ。旗に書いてある「我等の心 共に広島に在り」という言葉は、愛県心を強く喚起するという点で効果は絶大でしたね。

 今の大きな盛り上がりのきっかけとなったのは2003年のJ2降格。4回戦総当たりのリーグは過酷だし、スタジアムの環境もJ1とは比べものにならない。もし1年で昇格できなかったらチームはボロボロになる。そう思って必死に応援しました。チームが苦しいときにこそ、サポーターの熱は上がるんです。あれは苦しかったけれど、いい経験でしたね。もう二度と経験したくはありませんが(笑)。


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